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僕のブログは元々「双子の小学校受験」だったのですが、気がつくと双子ネタ以外の記事が多くなっていました。今回は久しぶりに双子ネタです。登下校で起きた我が家の双子のエピソードです。
もうすぐ新学期が始まります
もうすぐ新学期が始まりますね。制服も届いて入学式が待ち遠しい今日この頃だと思いますが、心配なのは子どもだけでの登下校ではないでしょうか?
我が家の場合は幼稚園とジャックで電車には慣れていたし、更に双子ということもあり、割と最初から楽観的に考えていました。
ですがいざ通い始めると諸問題が続出して、一年生の間はやはり色々と大変でした。
一年生の頃を振り返ると、学校に通う上でのトラブルは主に登下校時に起こっていたように思います。学校の中でも何かしらトラブルはありましたが、先生がしっかり解決して下さいました。
春頃になると近所の公立の親御さんが角々に立って、子どもを見守っている様子をよく見かけます。私立でも、学校の最寄り駅から正門までの間は先生方が立っていらっしゃるし、門にはガードマンさんがいます。同じ学校の生徒もたくさんいます。学校の最寄り駅まで行ってしまえば取り敢えずは安心です。
だから心配なのはそこまで行く過程の電車やバスです。我が家は学校まで遠いです。大人が一人で行けば60分前後の道のりですが、子ども2人だとそうもいきません。行きは学校に行きたい気持ちが強いので早いのですが、帰りは倍近く掛かります。
入学したての頃にこっそり尾行した時は、自宅最寄り駅の商店街でケーキ屋さんのショーケースを見たり、途中の公園で遊んだりしていました。学校で「寄り道は駄目」と言われているので、実際にお店の中に入るわけではありません。子どもは真面目なので絶対に守ります。
登下校の時間は子どもたちにとって生まれてはじめての親の目のない自由な時間です。見るものすべてがキラキラと輝いて見えるのでしょう。
一年生の時は僕も自宅最寄り駅や、乗換駅まで迎えに行きました。
娘の乗換駅は妻の職場の最寄り駅です。妻の仕事は塾講師なので、娘たちの帰宅時間と妻の出勤時間が重なることも多く、妻はよく娘たちと待ち合わせて乗り換えを見送っていました。
ところが、娘たちはよく妻との待ち合わせの有無や、僕が待っている場所を忘れました。そういう時は公衆電話から電話をすることになっていました。
娘たちの学校はキッズ携帯の使用は禁止です。GPS端末は届けを出せば使えるのですが、最初の内は持たせていませんでした。登下校中に何か困ったことが起きたときのために、春休み中に何度か通学ルートを実際に行ってみて、ポイントごとに公衆電話がどこにあるか覚えさせました。
ですがはじめのうちは、娘たちからの電話はほとんど役に立ちませんでした。
「もしもし、お父さん。今日はお母さんと待ち合わせだったけ?」
と、自分の言いたいことだけ言うと切ってしまうからです。公衆電話ですからこちらから折り返しもできません。かなりイライラします。
5月のある時
5月のある時、妻との待ち合わせ場所に娘たちはいませんでした。乗換駅で遊んでいて約束の時間が過ぎてしまっていたのですが、一年生になりたての子どもに時間の概念はありません。時計も持っていません。
妻は待っていると仕事に遅れてしまうため娘たちには会わずに出勤しました。ところが娘たちは、その後で待ち合わせ場所に行って待っていました。
僕は自宅の最寄り駅のコインパーキングに車を停めて改札で待っていました。娘たちは待てど暮らせど帰ってきません。何度か公衆電話から僕の携帯に電話を掛けてきましたが、例のごとく
「お母さんが来ません」
と言うなり電話を切ってしまうのでこちらの指示も伝えられません。
電車に乗って最寄り駅まで行きたいのは山々でしたが、もし娘たちとすれ違ってしまったらと思うと動けませんでした。
仕方なく駅員さんに相談して、乗り換え駅側の駅員さんに娘たちを探してもらいました。「〇〇小学校の双子の一年生の女の子」と伝えると、すぐに娘たちを見つけて下さいました。
自宅最寄り駅まで帰ってくるように伝えていただき、ようやく一件落着だと思いました。
僕が改札口に着いたのは17時で、その時はすでに18時を過ぎていました。
ところが今度は一人だけしか帰ってきません。聞くと、また二人で遊びながら電車に乗ったため一人は乗り遅れてしまったようです。
次の電車で来るだろうと思っていましたが何本待っても帰ってきません。
再度駅員さんにお願いして探していただくと、なんと乗換駅の改札口で一人で待っていたようです。時間は間もなく19時です。
その日、妻の仕事は19時まででした。駅員室に預かっていただき、仕事終わりの妻が迎えに行く段取りを取りました。
怒り狂った妻と双子の片割れが、僕たちの待つ自宅最寄り駅に着いたのは20時前でした。
7月にもなると
7月にもなると、子どもだけの登下校にもだいぶ慣れてきます。慣れてくると冒険心が生まれます。仲良くなったお友達と、途中まで一緒に帰ることも多くなります。
幼稚園の頃は最初から受験を決めていて保護者同士のお付き合いを排除していたため、娘たちにはプライベートで遊ぶようなお友達はいませんでした。
そのため友達に対する思い入れが強く、双子なので怖いもの知らずです。乗換駅で違う路線に乗り換える友達を、その子の乗る電車の改札口やホームまでよく見送っていたようです。乗換駅は大きなターミナル駅です。双子の好奇心をくすぐるものがたくさんあります。散々2人で駅の中を散策していたようです。
ある日僕が家で待っていると、下の子から電話がありました。
「もしもしお父さん、〇〇がいなくなってしまいました」
と言っています。とにかく乗り換えの改札まで行くように伝えて電話を切ると、今度は警察から電話がありました。
お巡りさんから話を聞くと、娘たちはそれぞれ違うルートを通って乗り換えの改札まで競争していたようです。
上の子が改札で待っていても下の子が来ないので探しに行ったらしいのですが、見つからなかったため駅構内の交番に行ったとのことです。
下の子からは電話があり、乗り換え口に行くように指示したと伝えました。警官のお姉さんが乗り換え口まで上の子を送って下さり、そこで無事に会えたようで、2人は呑気に歌いながら家に帰ってきました。
GPS端末を持たせて
他にも一学期の間は色々とアクシデントが多かったため、二学期からGPS端末を持たせました。
やはり持たせてからは格段に安心感が増しましたが、GPSはよく誤作動を起こします。時々全く見当違いの場所にいたりします。
つい先日も二人は朝からスキー教室で狭山スキー場にいるはずなのに、下の子だけ1日中お台場にいることになっていました。
誤作動を起こしているときは双子で良かったと思います。片方が変なところにいても、もう片方が正確な位置にいれば安心できました。
ところが、それが裏目に出てしまったこともありました。
乗換駅から娘たちの学校へは、バスで行くルートと地下鉄で行くルートがあります。一緒に帰る友達の関係やその日の気分で、どっちで帰ってきても良いということにしています。
一年生の後半にはまた別の問題が起こりました。下校中の苦情です。
娘たちは2人で一緒に電車に乗るため、車内でお喋りをします。その声が煩いという苦情が何度も学校に寄せられました。普通なら苦情があってもそれが誰か特定できないでしょうが、我が家は遠くから通っていてしかも双子です。「〇〇線に乗っている、〇〇小学校の一年生の双子の女子」と言われると我が家の双子しかいません。そのため学校側もすぐに特定できます。苦情の電話が何度かあったため、先生と対策を相談して、一時期2人を別々のルートで登下校させていました。
ある日、例のごとく下の娘のGPSが変な場所を表示していたのですが、どうせいつもの誤作動だろうと僕は最寄り駅で待っていました。ところが、上の娘が帰ってきても下の娘はいつまでたっても帰ってきません。しばらくすると、僕の会社から電話がありました。どうやら下の娘はバスの中で寝てしまい、終点の乗換駅についても、身体が小さいために運転手さんも気が付かず、ずっとバスの中で寝続けて車庫まで行ってしまったようです。利用するバスの車庫は学校の近くです。結局上の子を乗せて、学校の近くの車庫まで下の娘を車で迎えに行きました。
今の学校で良かったと思えるのは
我が家が「今の学校で良かった」と心から思えるのは、苦情問題や、登下校中のアクシデントを経験していることが大きいです。第一志望の学校はカトリックの女子校でした。「登下校中は沈黙」と校則にも書かれています。もしもご縁を頂いていたら、一学期に起こった登下校中のアクシデントの数々で、クビにならないかビクビクしながら過ごしていただろうと思います。
二年生になってからは苦情もトラブルも一切ありません。娘の成長を感じます。毎週のようにしていたバスの中での忘れ物も、二年生になったらぴたりとなくなりました。子どもの成長は不思議です。
最初の内は不安も多いでしょうが、小学校受験を乗り越えた子たちは自立しています。すぐに問題なく通えるようになります。通えるようになってもしばらくはトラブルも起きるでしょうが、成長に伴って解決していきます。
トラブルをいくつも経験して、その度にまわりの方や学校の先生方のお世話になると
「この学校に通わせて頂いて良かった」
と思えるようになります。受験して一生懸命入った学校には
「通わせていただいている」
という感謝の気持ちが生まれます。
学校に対して感謝の気持を持てることが、小学校受験をして私立小学校へ通わせることの一番の良い点ではないでしょうか。
親がそういう気持ちをもっていれば、子どもにも伝播します。人を尊敬することのできる子に育つと思っています。反対に親が子どもの前で学校や周りの保護者や習い事の文句ばかり言っていると、子どもは誰のことも敬えなくなるように思います。
間もなく入学シーズンということは、今卒業シーズンでもあります。
子どもを立派な私学に通わせている妻のお客様は、皆さん子どもの小学校の卒業式は感動したと仰っていました。子どもたちも一貫校でほとんど同じメンバーが中学に進学するにも関わらず、卒業は悲しいと言います。
妻のお客様は立派な方たちばかりで本当ならもっと威張っていても良いのに、皆さん口を揃えて
「学校に通わせていただいている」
と仰るそうです。僕や妻の周りの公立に通っている普通のご家庭の方が
「学校に通ってやっている」
と言っています。
家族皆で「通わせていただいた」という感謝の気持をもって六年間を過ごしたからこそ、卒業式が感動的になるのではないでしょうか?
『小1の壁はない?!』
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